Image photo

あたドラ

Episode 03

“あたりまえ”を、明日へ。

国内貨物輸送の約9割※1を担うといわれているトラック産業は、まさに日本の国民生活や経済活動を支える大動脈といえる。このように重要な産業でありながら、その中心的役割を果たすトラックドライバー不足が巷の話題になって久しい。数だけで見ると、2021年時点で輸送・機械運転従事者は約84万人となっており、2012年から横ばい傾向※2にある。しかし、国土交通省によるとドライバー不足を感じている企業の割合は54%※2にのぼる。横ばいといっても、近年ではネット通販の需要が高まり、需要量に対してドライバーの人数が足りないというのが現状といえる。またドライバーの高齢化・若年層の担い手不足が加速しており、業界経営者の誰しもが将来への不安を抱えている。藤木幸大も、その一人だ。

※1:トンベース(2020年度の統計) ※2 出典:公益社団法人全日本トラック協会「日本のトラック輸送産業 現状と課題2022」国土交通省「我が国の物流を取り巻く現状と取組状況」

Image photo

藤木陸運は今年(2024年)に創立55周年を迎える、横浜でも古株の陸運業者のひとつ。曽祖父が起こしたこの会社で藤木は現在、常務取締役の職に就いている。彼がトラックドライバー不足を実感したのは、ここ1、2年のことである。コロナ禍の2020年頃から同業者の間ではドライバーが足りないという話をよく耳にしていたが、「うちはまだ大丈夫だなぁ」と、あまり実感がなかった。というのも求人を出せば、人が集まっていたからだ。それが昨年(2023年)頃から、求人を出しても人が全く集まらず、また、やめていく人間も出てきた。現実を目の当たりにして「一体どうしたら、若い人がこの仕事に興味を持つんだろうか」ということを考えるようになった。しかし、そう簡単に答えが出るはずもない。藤木陸運だけでなく輸送業全体の問題であり、業界全体で課題を解決する必要があるからだ。そんなある日、藤木は、ふと5年前の出来事を思い出した。

2019年6月1日。その日、藤木陸運の本社では創立50周年記念イベントが行われていた。それは取引先や関係者を対象としたものではなく、藤木陸運に勤める社員やその家族を招待しての、いわば『社員・家族感謝デー』的な色合いの濃いイベントだった。
会場となった本社内のあちらこちらで、様々な催し物が行われ、社員やその家族たちが楽しんでいた。その時、藤木はある光景を目にした。勤続30年になるベテランドライバーの神麻と息子さんの姿だった。神麻は高校卒業と同時に藤木陸運に入社。当初は普通免許しか持っていなかったため2トン車で配達業務を行っていたが、その後、大型免許を取得し、現在では危険物を取り扱うタンクローリーのドライバーとして活躍している。藤木が目にしたのは、神麻が普段乗っているタンクローリーの前で、親子が何やら話をしている姿だった。しばらくすると神麻は運転席に、息子は助手席に乗り込み、敷地内のスペースをぐるりと一周した。トラックの中でも二人は何やら会話を交わしている。「息子さんは、なんであんなに真剣にお父さんの話を聞いているんだろう。あの年頃の子どもなら、親と話をするのも恥ずかしいはずなのに。しかも会社の人の前で」と藤木は思った。

創立50周年記念イベントの様子

しばらくして、神麻の元に行き話を聞いてみた。すると、息子さんは中学2年生で、車に興味があるらしい。神麻自身も子どもの頃から大きな車が好きで、実家の前にあったドライブインに来る大型トラックをよく見学に行っていたそうだ。

男の子なら乗り物好きなのはわかるが、大体、小学中学年ぐらいから違う物事に興味が移っていく。中学になっても車好きなのは、親の遺伝なのかなと藤木は思った。神麻は家でも、仕事や車の話をするらしく、今日は実際に父親が乗っているタンクローリーを目の当たりにして、息子さんの興味が膨らんだようだった。「トラックに同乗している時は、どんな話をしていたんですか」と尋ねると、「乗用車と大型トラックの違いを聞かれたんで、死角の話をしていました。乗用車とトラックでは死角が全然違うので、トラックを運転する時はこういうことに気をつけて運転していると」気恥ずかしそうに、でも嬉しそうな表情で神麻は答えた。

「あの時の神麻さん親子のような感じで、トラックドライバーの技術や精神というものは継承されていくのではないか」。5年前の出来事を思い出し、藤木はハタと気づいた。トラックドライバーとしての自分の経験や知識を、きちんと、自信を持って、次の世代に伝えられること。それこそが、人手不足・若手不足を解決する、ひとつのきっかけになるのではないかと。若い人にむやみにアプローチするだけではダメで、今の業界を担っているドライバーたちが、いかに自分たちの仕事に誇りを持てるかが重要だと。その誇りは、自信となって現れ、その自信は、他の人に興味や安心感を抱かせるはず。そうなれば、“あたりまえ”は、これからも“あたりまえ”として続いていくと。

5年前、中学2年生だった神麻さんの息子さんは現在、高校を卒業し整備士としてバス会社に勤務している。神麻さん曰く、いずれは大型免許を取ってハンドルを握りたいとのこと。そのままバスの運転手になるのか。あるいは父親のようにトラックドライバーになるのか。果たして、どのようなカタチで“あたりまえ”が継承されていくのだろうか。

Image photo

このエピソードをご提供いただいた
藤木陸運株式会社
藤木幸大(フジキユキヒロ)様
神麻司(ジンマツカサ)様に
ご提供いただきました。

  • Episode 04
  • TOP